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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1010号 判決 1992年1月31日

控訴人(原告) エシロール、アンテルナシヨナル、コンパニー、ジエネラル、ドプテイク

被控訴人(被告) 株式会社服部セイコー外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

控訴人の上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人セイコーエプソン株式会社は、原判決別紙物件目録記載の物品を製造、譲渡してはならない。

3  被控訴人株式会社服部セイコーは、原判決別紙物件目録記載の物品を販売してはならない。

4  被控訴人らは、その占有に係る原判決別紙物件目録記載の物品を廃棄せよ。

5  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文一、二項同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

請求の原因は、原判決八枚目表五行目(知裁集、一八巻三号五五一頁一九行目)の「被告株式会社諏訪精工舎」とあるのを、「被控訴人セイコーエプソン株式会社(旧商号株式会社諏訪精工舎)」と訂正する他、原判決二枚目裏二行(同上、五四八頁一〇行目)から一四枚目表九行(同上、五五五頁七行目)までのとおりである。

二  請求の原因に対する認否及び被控訴人らの主張

請求の原因に対する認否及び被控訴人らの主張は、次のとおり加除訂正する他、原判決一五枚目表一行(同上、頁八五五五行目)から三五枚目表一行(同上、五六六頁一〇行目)までのとおりである。

1  原判決一五枚目裏一行目(同上、五五五頁一六行目)の「(遠用」から同七行目(同上、同頁一八行目)の「しており)、」までを、「(遠用部領域と中間部領域との境界線は、主子午線から左右に離れる方向に一旦斜め上方に立ち上がり、わん曲して立ち下がってから再び外方に向かい斜めに立ち上がり、近用部領域と中間部領域との境界線は、主子午線から左右に離れる方向に一旦斜め下方に立ち下がり、わん曲して立ち上がってから再び外方に向かい斜めに立ち下がっており)、」と訂正する。

2  原判決一六枚目表三行目(同上、五五六頁二行目)の「直交曲線)」とある次に、「の曲率半径」を付加する。

3  原判決一六枚目表五行目(同上、同頁三行目)の「下降し」から同六行目(同上、同頁四行目)までを、「減少し、中間で一度増加してから減少する形状であり(但し、被控訴人製品の加入度三・〇〇Dのものは、主子午線から左右に離れるにつれて増加した後減少する。)」と訂正する。

4  原判決一六枚目表八行目の「一旦立ち上がってから」から同九行目まで(同上、同頁五行目)を、「一旦増加してから減少する形状であり、」と訂正する。

5  原判決一七枚目裏一〇行目(同上、五五七頁六行目)の「各直交曲線」とある次に、「の曲率半径」と付加する。

6  原判決二二枚目表七行(同上、五五九頁一三行目「最大値を」の後)から同裏九行(同上、同頁末行)までを、「示し、主子午線から最も遠ざかったVx二一度(約二八mm)の点が最小値である七〇・〇八mm、同Vx一五度(約二〇mm)の点が七〇・二〇mmである。

即ち、主子午線からVx二一度までの間では曲率が一四・二二から一四・二七まで〇・〇五(ジオプトリで〇・〇二五D)、同じくVx一五度までの間では曲率が一四・二二から一四・二五まで〇・〇三(ジオプトリで〇・〇一五D)変化している。

このような直交曲線がほぼ円形の曲線とされていることに照らすと、加入度一・五〇Dのレンズで曲率半径値が主子午線曲線上の数値からVx二一度の点で〇・二二mm、曲率にして〇・〇五、漸進変化度にして〇・〇二五D(Vx一五度の点で〇・一〇mm、曲率にして〇・〇三、漸進変化度にして〇・〇一五D)程度の差があっても、これを無視してほぼ円形の曲線といってよいことが先行発明に係る明細書から明らかとなるといえよう。」と訂正する。

7  原判決二七枚目表四行目(同上、五六二頁八行目)に「〇・二Dないし〇・三」とあるのを、「〇・二Dないし〇・三D」と訂正し、同二七枚目表六行(同上、同頁九行目)から一一行目(同上、同頁一一行目)の「がある。」までを、「(二) しかるに、被控訴人製品において控訴人がほぼ円形の曲線と主張する曲線には、左右ほぼ対称的で規則的に大きな波形の曲率半径の増減がみられ、主子午線曲線からVx一五度までの間の曲率半径の最大値と最小値との間には、加入度一・〇〇Dのレンズで約一mm内外から二mmの差、加入度二・〇〇Dのレンズで二mmを十分超える差、加入度三・〇〇Dのレンズで一mmを十分超える差がある。」と訂正する。

8  原判決二七枚目裏三行(同上、同頁一三行目)から同二八枚目表九行(同上、五六三頁一行目)までを削除する。

9  原判決三三枚目表六行目(同上、五六五頁一〇行目)に「実施例11a」とあるのを、「Fig11aに示される実施例」と訂正する。

三  被控訴人らの主張に対する控訴人の反論

1  争点1に対して

本件発明と被控訴人製品における基本思想は原理的に全く同一であり、本件発明を適用することにより生ずる特徴が被控訴人製品にもそのまま存在している。被控訴人製品においてもいわゆる二分構想をとっていることは乙第七号証のデータから明らかである。

(一) (本件発明の基本思想)

(1)  (本件発明の目的)

本件発明の目的とするところは、「動的視覚」を改善した累進焦点レンズを提供することである(甲第二号証、本件明細書四欄二八行乃至三二行)。

即ち、先行発明(乙第三号証)は、「ほぼ円形の曲線」を境にして水平方向の曲率半径の増減変化傾向を逆にした第一表面部分と第二表面部分とを区画した累進焦点レンズを提供するものであるが、それは静的視覚を満足するものではあったが、動的視覚性能は不十分なものであり、像ゆれ等の歪みを発生し視覚障害の原因となっていた(本件明細書三欄三四行乃至四欄二七行及び八欄一一行乃至三四行)。

本件発明は、このような状況下においてなされたものであって、動的視覚性能を改善した累進焦点レンズを提供することを目的としている。なお、動的視覚性能の改善とは、「像ゆれの防止」と同じ意味である。

(2)  (本件発明の原理)

イ 本件発明の累進焦点レンズは、大略、二ステップの手順によって構成されるものである。

第一ステップにおいては、主子午線によって曲率半径の漸進的変化を与えると共に、「ほぼ円形の曲線」によって水平方向の曲率半径の増減変化の傾向を互いに反対とした第一表面部分と第二表面部分とを画定し、レンズ骨組みを作成する。これは、所望により、先行発明によって画定することが可能な構成であり、例えば先行特許のFig22に示した構成とすることが可能である(この場合には、第一表面部分においては水平方向の曲率半径は単調に増加しており、一方第二表面部分においては水平方向の曲率半径は単調に減少している)。これは、本件発明における特許請求の範囲の記載の内で、いわゆる前文部分(即ち、「その改良として」の前の部分)の構成に対応している。したがって、この段階において、「ほぼ円形の曲線」が存在している。

ロ 次いで、第二ステップにおいては、第一ステップで作成したレンズ骨組みに関して、本件発明の要件である動的視覚改善の為の補正を適用する。これは、先行発明の改良に該当する部分(特許請求の範囲の記載の内で「その改良として」以後の部分)であって、レンズ表面における垂直方向の曲率を、同一の直交断面曲線と交差する主子午線上における垂直方向の曲率と比較してあまりかけ離れたものとならないように、所定の範囲内に維持することを意図するものである。このような補正を行うことにより、動的視覚特性の改善された像ゆれのない累進焦点レンズを提供することが可能となる。

ハ 第二ステップで補正することにより、第一表面部分における直交断面曲線は主子午線から離れるにつれてレンズの内側へ折り曲げられる傾向となり、一方第二表面部分においては、反対に、外側へ折り曲げられる傾向となる。このように、「ほぼ円形の曲線」の上下において反対の方向に補正されるので、「ほぼ円形の曲線」もこの補正によって影響を受け、たとい第一ステップにおいては曲率半径が単調的に変化するものであっても、第二ステップの補正により、複雑に変化する曲率半径を有する「ほぼ円形の曲線」となる。即ち、第二ステップによって影響を受けない場合には、第一ステップの「ほぼ円形の曲線」がそのまま残るが、多くの場合には第二ステップによって影響を受け、変形された「ほぼ円形の曲線」となる。

ニ 即ち、第一ステップで作成するレンズ骨組みが先行特許のFig22の実施例であるとすると、Y=マイナス一度一二分における「ほぼ円形の曲線」は曲率半径が単調に減少する状態を示しており、有効範囲における曲率半径の最大値と最小値との差は、〇・一mmである。ところが、本件発明に従って第二ステップの補正を適用すると、本判決別紙一(控訴人準備書面(六)添付の別紙二)に示される如く、本件特許のFig7a及びFig11aの実施例においては、Y=マイナス一mm又は〇mmの位置に変形された「ほぼ円形の曲線」が存在しているが、この位置における曲率半径の変化は、減少―増加―減少と非単調変化を示しており、有効範囲における曲率半径の最大値と最小値との差は〇・三ないし〇・四mmとなっている。

したがって、本件発明に従って、第二ステップの補正を適用することにより、第一ステップにおける「ほぼ円形の曲線」は多少変形され、その円形度が低下すると共に減少―増加―減少という曲率半径の「波形変化」が発生することが理解される。このことは、本判決別紙二の左右の図(控訴人準備書面(六)添付の別紙五の一及び五の二)において、Y=〇の位置における水平方向の曲率半径の変化が、「黄色(減少)―青色(増加)―黄色(減少)」(黄色が減少を示し、青色が増加を示すことは以下同じ)として示されていることに対応している。

ホ 次に、レンズの第一表面部分における曲率半径の変化は、通常、第二表面部分におけるそれと比較すると一層大きいので、第一表面部分においては、第二ステップの補正による影響が一層顕著であり、したがって、第一表面部分においては、曲率半径が増加傾向から減少傾向に反転している。即ち、第一ステップで作成されるレンズ骨組みが先行特許のFig22に示した実施例である場合には、本判決別紙三(控訴人準備書面(六)添付の別紙九)に示される如く、第一表面部分においては、全て青色となっており、即ち水平方向の曲率半径は単調的に増加していることが示されている。一方、本件発明によって第二ステップの補正を行った本件発明のFig7a及びFig11aに示される実施例の場合には、本判決別紙二の左右の図に示される如く、第一表面部分においては、水平方向においては、「青色」から「黄色」へ変化しており、即ち水平方向の曲率半径が増加傾向から減少傾向に逆転している(即ち、「山形変化」)ことが示されている。

(3)  (本件発明の特徴)

本件発明は、第一ステップで作成した所定の条件を満足するレンズ骨組みに対して第二ステップで動的視覚改善補正を行うものであり、このような補正を行うことにより、本件発明においては幾つかの顕著な特徴が現れる。

イ (曲率半径の「波形変化」の発生)

第二ステップの補正により、Y=プラス四mmないしマイナス四mmの範囲内、特に第一ステップで作成した「ほぼ円形の曲線」の位置において、水平方向の曲率半径が「減少―増加―減少」(このような変化を以下「波形変化」という)と推移する非単調変化が発生する場合がある。

ロ (曲率半径の「山形変化」の発生)

第二ステップの補正により、Y=マイナス四mmより下の部分、又は「ほぼ円形の曲線」より下側の第一表面部分においては、水平方向の曲率半径が「増加―減少」(このような変化を以下「山形変化」という)と反転する非単調変化が発生する。

ハ (「波形」及び「山形」変化の特性)

「波形変化」は加入度に依存してその発生位置及び範囲が変化する。一方、「山形変化」は、加入度が増加するに従い、曲率半径の増加傾向から減少傾向への反転位置が主子午線方向に移動している。

(二) (被控訴人製品の基本思想)

(1)  (被控訴人製品の目的)

被控訴人製品においては、中間部の上下縁の線を波形に湾曲させて設計しており、それは「像ゆれを防止」することを目的としている。この「像ゆれ防止」とは本件発明における「動的視覚改善」と同じ意味であるから、被控訴人製品は、本件発明と同一の目的を有している。

(2)  (被控訴人製品の原理)

被控訴人製品においても、本件発明と同じく、二ステップでレンズを構成する思想であり、その第一ステップにおいては、本判決別紙四(控訴人準備書面(10)添付の別紙一の一及び一の二)の第1図に示したレンズ骨組みを作成している。

イ 被控訴人らの主張によれば、このレンズ骨組みにおいては、そのレンズ表面が遠用部、中間部、近用部に分割されているとしている。しかしながら、このレンズ骨組みは累進焦点レンズに関するものであり、少なくとも中間部に対応する主子午線に沿っては曲率半径が漸進的に変化しており、中間部を介して遠用部と近用部とをなだらかにつないでいるので、中間部のどこかに「ほぼ円形の曲線」が存在している。したがって、本判決別紙四の第1図に示されるレンズ骨組みにおいても、「ほぼ円形の曲線」を境にして水平方向の曲率半径の増減傾向が反対の第一表面部分と第二表面部分とに分割されていることが明らかである。

即ち、同第1図において、「ほぼ円形の曲線」より下側の第一表面部分においては、水平方向の曲率半径は主子午線から離れるに従って増大しており、一方それより上側の第二表面部分においては、水平方向の曲率半径は主子午線から離れるに従って減少している。したがって、本判決別紙四の第3図及び第4図に示した如く、第一表面部分における直交断面曲線B―C2に沿っては水平方向の曲率半径は次第に増加しているので、その部分のレンズ表面は、「ほぼ円形の曲線」に対して外側に変位しており、一方第二表面部分における直交断面曲線A―C1に沿っては水平方向の曲率半径は次第に減少しているので、その部分のレンズ表面は、「ほぼ円形の曲線」に対して内側に変位している。

ロ 本判決別紙四第5図は、同第1図のレンズ骨組みの特性を横軸に角度Kをとり縦軸に主子午線上の位置を取ったグラフを示している。この場合の角度Kは、主子午線Mと平行な線M1とレンズ表面上での法線との間のなす角度(同第3図)としても、又レンズ表面上での法線と主子午線Mとのなす角度(同第4図)としても同じことである。曲線A―C1は曲線B―C2よりも内側に位置しているので、M9の位置においてはB―C2における角度Kの方がA―C1における角度Kよりも小さい。中間部の上下縁B―C2及びA―C1との間を滑らかにつなげているので、中間部のほぼ中央に「ほぼ円形の曲線」が存在している。これは、角度の増加量がほぼ同一になっていることから理解される。

ハ 次に、被控訴人製品においても、第一ステップで作成した本判決別紙四第1図及び第5図に示されるレンズ骨組みに対して第二ステップとしての動的視覚改善補正を行っている。即ち、被控訴人製品においては、同第2図及び同第6図に示した如く、中間部の上下縁を波形に湾曲させて補正を行っている。それでは、被控訴人製品において、中間部の上下縁を波形に湾曲させるということはどのような物理的意味を有するのかについて検討する。

本判決別紙四第7図は、同第6図の補正を行った場合にレンズ表面がどのように補正されるかを示している。第一表面部分においては、第6図において点線で示される補正前のB―C2は、実線で示される補正後におけるB―C2が角度が増加しているので、同第7図に示される如く、補正を行うことにより、B―C2のレンズ表面は内側へ変位されてB―C2′の位置となり、「ほぼ円形の曲線」に近づくこととなる。一方、第二表面部分においては、補正によりA―C1の角度は減少しているので、同第7図に示される如く、A―C1のレンズ表面は外側へ変位されてA―C1′となり、「ほぼ円形の曲線」に近づいている。

このように、湾曲されるか否かによらず、中間部の上下縁を平行から両開きに傾斜させることにより、「ほぼ円形の曲線」より下側の第一表面部分(例えば、B―C2)においては全体的に角度が増加しており、一方上側の第二表面部分(例えば、A―C1)においては全体的に角度が減少している。

ニ 本判決別紙四第6図に示される条件をレンズ表面上の水平方向の直交断面曲線及び垂直方向の曲線で示したものが同第8図である。同第8図において、第一ステップで作成されたレンズ骨組み(同第1図及び同第5図に対応)は実線で示してあり、一方第二ステップの補正処理を行った後の状態(同第2図及び同第6図に対応)は点線で示してある。前述した如く、補正処理により、「ほぼ円形の曲線」下側の第一表面部分においては、レンズ表面部分が点線で示した如くに内側へ変位され、一方それより上側の第二表面部分においては、レンズ表面部分が点線で示した如くに外側へ変位されている。

第二表面部分の例えば直交断面曲線A―C1が外側へ変位されA―C1′の位置へ移動するということは、本判決別紙四第9a図に示した如く、A―C1上の位置aにおける垂直方向の曲率(曲率半径の逆数でレンズ表面の局所的曲がり具合のこと)がCaからCa′へ補正されることを意味する。即ち、位置aにおける垂直方向の曲率Caが主子午線上の対応する位置での曲率CAと比較してあまり離れすぎないようにCa′に補正していることを意味している。一方、第一表面部分の例えば直交断面曲線B―C2が内側へ変位されB―C2′へ移動するということは、同第9b図に示した如く、B―C2上の位置bにおける垂直方向の曲率がCbからCb′へ補正されることを意味する。したがって、位置bにおける垂直方向の曲率Cbが主子午線上の対応する位置での曲率CBと比較してあまり離れすぎることがないようにCb′へ補正していることを意味している。要するに、被控訴人製品において、中間部の上下縁を平行から両開きに補正するということは、物理的な意味においては、レンズ表面上での垂直方向の曲率が主子午線上の曲率と比較して離れすぎないように補正していることを意味しており、このことは、前述した如く、本件発明における第二ステップの動的視覚改善補正処理と全く同じものであることが明白である。そして、このような補正処理を行うことによって、動的視覚性能の改善、即ち像ゆれ防止効果が得られるという点でも両者は全く一致している。したがって、被控訴人製品の基本思想は、本件発明のものと何ら異ならないものであることは明白である。

(3)  (被控訴人製品の特徴)

被控訴人製品に関しての乙第七号証のデータを検討すると、被控訴人製品においても、本判決別紙五の1ないし3(控訴人準備書面(六)添付の別紙四の一ないし六)のとおり曲率半径の「波形変化」及び「山形変化」の特徴を有していることが明らかである。

イ (曲率半径の「波形変化」)

Y=プラス四mmないしマイナス四mmの範囲において、水平方向の曲率半径が「減少―増加―減少」(即ち、黄色―青色―黄色)と変化する非単調的変化が存在する場合がある。この非単調変化は、被控訴人製品における「ほぼ円形の曲線」の位置に存在している。

ロ (曲率半径の「山形変化」)

Y=マイナス四mm以下、ないしは「ほぼ円形の曲線」より下側の第一表面部分においては、水平方向の曲率半径が「増加―減少」(即ち、青色―黄色)と変化する非単調的変化が存在している。

ハ (「波形」及び「山形」変化の特性)

「波形変化」は、加入度一D及び二Dの場合は明確に識別可能であるが、加入度三Dの場合にはどこに存在するか不明確であり、加入度によって、その位置及び範囲が変化している。更に、「山形変化」は、加入度が増加するに従い、曲率半径の増加傾向から減少傾向への反転位置は次第に主子午線に近づいている。

2  争点2に対して

(一) (本件発明における「ほぼ円形の曲線」の判定基準値)

(1)  (本件発明における「ほぼ円形の曲線」の意味)

前記1において述べた如く、本件発明の累進焦点レンズは、二ステップによって構成されるものであるが、その第一ステップにより構成された「ほぼ円形の曲線」――本件発明の要件(5) にいう「ほぼ円形の曲線」――は、第二ステップにおける動的視覚改善補正により、その形状及び数値は変りうるのであり、乙第三号証のFig22の数値をそのまま本件発明における「ほぼ円形の曲線」の数値とすることは正しくない。

「ほぼ円形の曲線」は、水平方向の曲率半径が増加又は減少する反対の傾向を有するレンズの第一表面部分と第二表面部分を区別する作用を営むものであり、この意味において右の如き第一表面部分と第二表面部分を有する累進焦点レンズには「ほぼ円形の曲線」は不可欠であり、その数値は設計上の問題であり、二義的意義を有するにすぎない。被控訴人の認めるとおり本件特許Fig7a(甲第六号証、付加力一・五〇D)では、Vyマイナス〇度及びVyマイナス四度の直交曲線の中間に曲率半径が〇・二mmないし〇・三mmの範囲で増減する円形の直交曲線が存在しており、また本件特許Fig11a(甲第七号証、付加力二・五〇D)では、Vy〇度に曲率半径の最大・最小値の差が〇・三四mmと認められる円形曲線が存在しており、そのいずれも「ほぼ円形の曲線」と認められるものであるが、右の数値から知ることができるように、レンズの付加力が大になるにしたがって「ほぼ円形の曲線」における曲率半径の最大値と最小値の差もまた大になる傾向があり、これをもっても「ほぼ円形の曲線」の数値的基準の設定は設計上の問題にすぎないことが理解できるのである。

(2)  (「ほぼ円形の曲線」の基準値)

以上に述べたように、本件発明の基本的技術思想に即して考察するならば、「ほぼ円形の曲線」の円形度について基準値を設けることは、設計上の問題にすぎないものをもって本件発明の技術的範囲を限定することになり、本件特許のクレームに対する正当な解釈とは言えないと考えるが、本件発明の技術的範囲をより簡明にするため、原審判決の解釈姿勢にならって、「ほぼ円形の曲線」に基準値を設けるとするならば、原審判決において円形とも非円形とも判示していない範囲である曲率半径の最大値と最小値の差が〇・二二mmから二mmまでの間(レンズの有効範囲内でいえば、〇・一mmから一・五九mmまで)であって被控訴人の主張する一mmよりも十分に小さい数値、具体的には曲率半径の最大値と最小値の差(ΔR)がほぼ〇・五mm以内にあるものを「ほぼ円形の曲線」として、被控訴人製品の中に右に該当する円形曲線が存在するか否かを検討することにしたい。

(3)  (検討にあたって留意すべき事項)

右検討にはいる前に、以下の二点についてとくに注意を喚起する。

イ 第一は、被控訴人製品の数値について論ずる場合に公差ないしは製造誤差を考慮すべきか否かである(製造誤差と共に測定誤差の問題も生ずるが本件においては乙第七号証に使用した測定装置は極めて高精度のものであるから測定誤差は無視してよいと考えられるので、特段の場合を除いては、以下製造誤差として問題をとりあげる。なおセット誤差については後述する)。

本件発明(先行発明をも含めて)の明細書に記載された円形度あるいは曲率半径を表す数値(例えば乙第三号証Fig22等)はいずれも設計値であり、一方これと対比すべき被控訴人製品の測定値(例えば乙第七号証記載の数値)は製造誤差を伴った数値である。

しかしながら、特許侵害訴訟において、対象製品が特許の技術的範囲に属するか否かを判断するためには、当該特許発明において発明者が用いたと同一の基準ないしはカテゴリーをもって対比しなければならないことは当然であり、本件発明においては、円形度、曲率半径等は設計値をもって表示されているので(発明が技術的思想であることを考えれば、設計値をもって表現することは当然であるといえよう)、これと対比する被控訴人製品もまた設計値をもって考察しなければならないのである。

ロ 第二は、たとえば甲第二号証Fig7a、b、Fig11a、b、乙第三号証Fig22の如く、本件発明(先行発明を含めて)の明細書において円形度、曲率半径等を表す数値及び乙第七号証のデータは、いずれもメッシュ状の測定点における数値であり、メッシュ間の特定の位置についての数値ではないので、メッシュ間のデータを必要とするときは、適当な方法をもって補正しなければならないということである。

(二) (被控訴人製品における「ほぼ円形の曲線」)

(1)  (被控訴人製品の製造誤差)

乙第七号証は、被控訴人製品についての測定値であるが、被控訴人製品は、左右対称に設計されているものであるから、乙第七号証において左右の測定値は一致する筈である。しかしながら、実際には、乙第七号証においては、レンズの左右の対応部分における測定値は一致していない。それは製造誤差に由来する(なお、セット誤差の影響については後述する)。そこで、乙第七号証の測定値における誤差は、どの程度のものであるかを検討する。

本判決別紙六の1ないし3(被控訴人ら第二準備書面添付の別紙二の1ないし3)は、乙第七号証の測定値の左右表面の対応位置における曲率半径の差を示したものであるが、これらを全体的に観察すると、レンズの有効範囲(X=±二〇mm)において±二・〇mmを超える値が所々に散見される。これらの値は局所的に大きな値となっているので、±二・〇mmを超える値は、異常データとして無視すべきである。

そうしてみると、右本判決別紙六の1ないし3には、レンズ全体に渡ってほぼ一mmを超える誤差の存在が認められ、特に、一mm乃至二mm程度の値が数多く存在していることが理解される。そして、ほぼ二mmを超える値は、局所的であり、所々散見されるにすぎないから、二mm即ち±一mmが許容された最大製造誤差、即ち公差であると考えられる。したがって、乙第七号証の測定値を評価する場合には、右の公差を考慮にいれてその設計値を求めなければならない。

(2)  (被控訴人製品における「ほぼ円形の曲線」の存否)

イ さきに述べたとおり、「ほぼ円形の曲線」とは、レンズの有効範囲内において、最大曲率半径と最小曲率半径の差(ΔR)が、ほぼ〇・五mm程度のものをいい、右数値に前項において述べた被控訴人製品の製造誤差二・〇mm(±一・〇mm)を加えるならば、被控訴人製品において、レンズの有効範囲内でΔRがほぼ二・五mmまでの水平断面曲線が存在すれば、被控訴人製品にも「ほぼ円形の曲線」が存在することになる。

よって以下に、乙第七号証のデータに基づいて被控訴人製品に「ほぼ円形の曲線」が存在するか否かを検討する。

ロ 乙第七号証に示されているP―1マイルドレンズ(A)ないし(C)の夫々の曲率半径実測値に関して、有効部分の領域(X=±二〇mm)内において、所定の範囲内に夫々のYの位置において水平方向における曲率半径の最大値と最小値とを選び出しかつそれらの差ΔRを算出した結果に基づいて二・五mmよりも小さなΔRの値があるか否かを検討すると左表の如くになる。

二・五mm以下のΔRが存在するYの範囲 ΔR最小値

P―1―(A)右側 〇ないしマイナス五mm     〇・九二mm

P―1―(A)左側 マイナス一mmないし五mm    〇・九九mm

P―1―(B)右側 マイナス二mm         二・四四mm

P―1―(B)左側 マイナス一mmないし三mm    一・九二mm

P―1―(C)右側 〇ないしマイナス一mm     一・四六mm

P―1―(C)左側 〇ないしマイナス一mm     一・四六mm

右の表の如く、全ての場合に、「二・五mm」よりも小さなΔRが存在しており、被控訴人製品においては、「ほぼ円形の曲線」が存在するものであることが明らかである。なお、P―1―(B)右側のΔR最小値は二・四四mmとなっているが、この場合には、Y=マイナス一mmにおいて異常データが存在しているからであり、この異常データがなければ、右数値ははるかに小さくなることが当然に予測される。

ハ 右に述べたとおり、乙第七号証の数値自体からも被控訴人製品に「ほぼ円形の曲線」が存在することが明らかに認められるが、乙第七号証の数値は被控訴人レンズの表面を所定のメッシュ点における値として示したものであり、レンズ表面における曲率半径を連続的な値として示したものではないので、乙第七号証からは、「ほぼ円形の曲線」はΔRが二・五mm以下という幅をもったかたちで存在を認めることができるにすぎない。しかしながら、実際のレンズの表面は連続的なものであるから、その曲率半径の変化は連続的なものであり、最も円形に近い一線としての「ほぼ円形の曲線」が存在する筈である。それを解明する手法は、次のとおりである。

本判決別紙七(控訴人準備書面(六)添付の別紙七の一、二)の第1図に示した如く、レンズの中心軸X及びYが測定座標x―yとずれている場合において、例えば、このレンズのΔRの最小値がY=〇の位置に存在すると仮定する。この場合に、各yの位置における曲率半径の最大値と最小値との差(ΔR)を計算し、それをY軸を横軸にとったグラフ上にプロットする(本判決別紙七の第2図参照)。すると、ΔRが漸増する部分と漸減する部分とが示されるので、その交点はY=〇の位置に対応しており、その位置においてΔRの最小値が得られるはずである。したがって、この位置が本発明におけるレンズの「ほぼ円形の曲線」であるといえる。

何故ならば、Y=〇の位置が「ほぼ円形の曲線」であるとすると、その位置から下側のレンズ表面部分においては、主子午線から水平方向(X方向)に進むに従い曲率半径が増大する傾向を有しており、一方その位置から上側のレンズ表面部分においては、主子午線から水平方向に進むに従い曲率半径が減少する傾向を有しているからである。

右手法によって作成された本判決別紙八(控訴人準備書面(六)別紙三の一ないし三)を参照すると、ΔRの最小値を決定することが可能であり、そのようにして決定されたΔRの最小値は次のとおりである。

Y(マイナスmm) ΔR最小値

P―1―(A)―右  二・五    〇・五mm

P―1―(A)―左  三・五    〇・五mm

P―1―(B)―右  一・三    一・七mm

P―1―(B)―左  一・四    一・三mm

P―1―(C)―右  〇・七    〇・七mm

P―1―(C)―左  一・一    一・〇mm

(右表において、同一レンズ中ΔRが最小値をとる直交曲線の位置は左右一致していないが、後述するようにそれはセット誤差の影響によるものであり、左右を通じて最小の数値がΔR最小値となる。たとえばP―1―(C)においては〇・七mmがΔR最小値である。)

右の表から明らかな如く、P―1―(A)マイルドレンズ(付加力=一・〇D)においては、ΔR最小値として〇・五mmが得られており、P―1―(B)マイルドレンズ(付加力=二・〇D)においては、ΔR最小値として一・三mmの値が得られており、またP―1―(C)マイルドレンズ(付加力=三・〇D)の場合には、ΔR最小値として〇・七mmが得られている。

なお、P―1―(B)レンズについては、前項において述べたとおり、異常データの存在により実際よりも大きい数値となっており、異常データがなければ遙かに小さい数値になるであろう。

ニ 右の数値はいずれもそれ自体で、ΔR二・五mm以下であり、これらの数値によってみても被控訴人製品のすべてに「ほぼ円形の曲線」が存在することは明らかであるといえるが、ここにおいて更にセット誤差の影響を検討しなければならない。

すなわち、被控訴人らも認める如く、乙第七号証には本判決別紙七の第3図に示した如きセット誤差が存在している。このようなセット誤差が主たる原因となって、前項の表に示される如く、レンズの左右半分における「ほぼ円形の曲線」が存在する位置が異なることになる。例えば、P―1―(A)の場合には、レンズ右半分においてはY=マイナス二・五mmの位置が得られており、一方レンズ左半分においてY=マイナス三・五mmの位置が得られている。このようにレンズの左右において異なった位置が得られていることは、主として本判決別紙七の第3図に示した如きセット誤差が存在するからである。

したがって、実際には、レンズの左右部分で得られた位置の中間の位置に実際の「ほぼ円形の曲線」が存在していることになる。例えば、P―1―(A)の場合には、Y=マイナス三・〇mmの位置に「ほぼ円形の曲線」が存在していることになる。したがって、P―1―(A)のレンズ右半分においては、右側の左下がり傾斜曲線をY=マイナス三・〇mmまで延長し、一方そのレンズ左半分においては、左側の右下がり傾斜曲線をY=マイナス三・〇mmまで延長すれば良い。この場合に、これらの傾斜曲線は、Y=一mm当たりΔRが〇・九mm変化する勾配を有しており、且つY方向の延長長さは〇・五mmであるから、セット誤差を除去した後においては「ほぼ円形の曲線」はY=マイナス三・〇mmにおいて得られ、そのΔR最小値は〇・〇五mmとなる。

同様なセット誤差除去処理をP―1―(C)レンズについても行うと、「ほぼ円形の曲線」の実際の位置はY=マイナス〇・九mmであり、かつそのΔR最小値は、レンズ右半分では〇・四四mmでありレンズ左半分では〇・六〇mmである。これらを平均すると、〇・五二mmとなる。したがって、セット誤差を取り除いた後のP―1―(A)及びP―1―(C)レンズの「ほぼ円形の曲線」が存在する位置及びそのΔR最小値は次の如くになる。

Y(マイナスmm) ΔR最小値

P―1―(A) 三・〇     〇・〇五mm

P―1―(C) 〇・九     〇・五二mm

このように、セット誤差を取り除いた後のP―1―(A)及びP―1―(C)のΔR最小値は、いずれも二・五mmを遙かに下廻るものであり、本件発明にいう「ほぼ円形の曲線」に該当することは明らかである(P―1―(B)については前述の如く異常データが存在するので、正確なΔR最小値を挙げることはできないが、少なくとも〇・五mmをかなりの程度に下廻ることが推定される)。

ホ 以上、被控訴人の製品に「ほぼ円形の曲線」が存在するか否かを検討するにあたって、製造誤差を加えた数値を基にして議論をすすめたが、仮に、本件発明と被控訴人製品との比較において、製造誤差を考慮に入れるべきでないと認められたとしても、前項にみられるように被控訴人製品はすべて、本件発明における「ほぼ円形の曲線」の基準値として設定した「曲率半径の最大値と最小値の差がほぼ〇・五mm以内の円形曲線」の範囲内にはいるものであるから、被控訴人製品もまた「ほぼ円形の曲線」を有するものといわねばならない。

(三)(1)  被控訴人らは、被控訴人製品においては、曲率半径についての設計値及び製造公差を定めていないと主張しているが、乙第七号証のデータが左右非対称であるから、曲率半径において誤差が存在することは明らかであり、それは被控訴人らが合格品とし販売した製品についてのデータであるから、その誤差は被控訴人製品についての許容製造誤差即ち公差であることに違いはない。たとえ被控訴人らが曲率半径について直接的に設計値及び公差を定めていないとしても、レンズの度については設計値を定めこれを公差内に納めて製造しているのであり、レンズの度はレンズの表面の曲率半径によって決定されるものであるから、間接的に曲率半径についての設計値及びその公差を決定していることに変わりはない。

(2)  被控訴人らは、控訴人の主張は乙第七号証のデータを論ずるにあたって製造誤差のみを問題とし、セット誤差を考慮にいれてないから、誤りであると主張している。しかしながら、レンズの製造誤差ないしは公差を決定する場合には、レンズの表面全体を包括的に考慮するものであるから、セット誤差が影響することはない。特に、累進焦点レンズの表面は滑らかに形成されるものであること及び有効範囲の限界位置においてもセット誤差は高々一mm程度と推定されることから、製造誤差の認定にあたってセット誤差が問題となることはない。前述したように、セット誤差が問題となるのは、レンズ表面において最も円形に近い一つの曲線としての「ほぼ円形の曲線」の位置を決定する場合であって、製造誤差を決定する場合の如く、レンズの表面全体を包括的に考慮する場合にはセット誤差が問題になることはないのである。

(3)  被控訴人らは、控訴人が「ほぼ円形の曲線」の存在を主張している個所には事実として計二mmの左右差のある個所は認められないと主張している。しかしながら、前述した如く、製造誤差ないしは公差はレンズの全体を勘案して決定すべきものであり、「ほぼ円形の曲線」の位置決定とは基準が異なるから、必ずしも「ほぼ円形の曲線」の存在する位置と二mmの誤差の存在する位置とが一致するとは限らない。したがって、被控訴人らの主張には根拠がない。なお、被控訴人らが主張する異常値を取り去った後においても、例えば、加入度一・〇Dの場合にはY=マイナス二mmにおいて一・二五mmの絶対誤差が存在しており、且つ加入度二・〇Dの場合には、Y=マイナス一mmにおいて一・七五mmの絶対誤差が存在している。

3  争点3に対して

臍点曲線に対し直交する非円形曲線(以下、直交断面曲線という)の曲率半径の増減は必ずしも単調であることを要せず、同一の直交断面曲線のある点においては増加し、ある点においては減少する複雑な変化を含むことを要件とするものである。

(一) (本件発明のクレームの前文の要件)

本件発明の構成要件は、(1) ないし(15)に分れるが、そのうち(1) ないし(12)(クレーム前文の要件という)は、先行発明(乙第三号証)の構成要件と実質的に同一であり、これを要約すると

(1)  臍点曲線の曲率半径は、遠用中心から近用中心にかけて、漸進的に減少する

(2)  遠用中心と近用中心の間において臍点曲線に直交するほぼ円形の曲線が存在する

(3)  右ほぼ円形の曲線によって、レンズは下方の第一の表面部分と上方の第二の表面部分に分割される

(4)  第一の表面部分においては、臍点曲線から遠ざかる方向に直交断面曲線の曲率半径は増加し、第二の表面部分においては、臍点曲線から遠ざかる方向に直交断面曲線の曲率半径は減少する

ということができる。

右クレーム前文の要件は、直交断面曲線の各点における水平方向の曲率半径に条件を付与するものである。

(二) (本件発明のクレームの特徴部分の要件)

(1)  本件発明の構成要件としては、前記クレーム前文の要件のほか、「その改良として……」からはじまる特徴部分(構成要件(13)ないし(15)、以下クレーム特徴部分という)が存し、右はレンズの垂直方向における曲線の曲率半径に条件を付与するものといえる。何となれば、本件発明において、レンズ表面の各点における水平方向と垂直方向の各曲率半径は、臍点曲線上の各点を除いては異なることは前に述べたとおりであるが、クレーム特徴部分は、同一の直交断面曲線上の任意の点の垂直方向における曲率(曲率半径の逆数)CBijと当該直交断面曲線が臍点曲線と交わる点の曲率CAiとの差の絶対値を所定の値N以下に制限することを要旨とするものであるからである。

(2)  右クレーム特徴部分の要件にしたがえば、レンズ表面上の任意の点の垂直方向における曲率CBijは臍点曲線における曲率CAiとくらべて大きなへだたりは存しないことになる。何故ならば、曲率CBijと曲率CAiの差はN以下とされ、Nは三・五×A(Aは遠用中心と近用中心の間におけるジオプトリーで表わした付加力)以下の値におさえているからである。たとえば、Aが二ジオプトリーの場合にはN真3.5×2=7となり、したがってこの場合には、Nの値は〇と七の間の任意の値に設定することが可能である。N=〇と設定した場合は、レンズの表面は臍点曲線と同一の形状、すなわち同一の曲率かつ曲率半径となる(しかしながら、この場合には各水平断面が円形曲線となるので、クレーム前文の要件を満足しない)。また、N=一に設定した場合は、必ずしも臍点曲線と同一にはならないが、臍点曲線に極めて近似したものとなる。一方、N=七に設定した場合は、臍点曲線の形状とのへだたりは最大となる。

以上のクレーム特徴部分の垂直方向の曲率に関する要件は、同時にクレーム前文の要件をも満足させねばならないので、両者は相互に関連しており、全く独立的なものではない。すなわち、クレーム特徴部分の要件は、クレーム前文の要件に適合するレンズ表面の形状に垂直方向の曲率に関して一定の制限を加えるものであり、かかる補正によって先行発明によるレンズの動的視覚性能の改善が図られているのである。

右の如きクレーム特徴部分の要件が加わるために本件発明においては、クレーム前文の要件の範囲内で一応直交断面曲線の各点における水平方向の曲率半径の変化を単調的増減に設定したとしても、クレーム特徴部分の条件に従った数値限定に応じて、直交断面曲線の各点における水平方向の曲率半径は非単調な増減に変化することがあるのである。

(三) (実施例による検討)

(1)  本件発明は右の如き特徴を有するものであるが、更にこれを本件発明の実施例について検討すると、Fig11aから計算した直交断面曲線の各点における水平方向の曲率半径(甲第七号証)のデータによれば、Y=マイナス一二mm及びマイナス一六mmにおいて、X=一六mmにおいて曲率半径の最大値が得られている。したがって、第一の表面部分中、有効範囲(V%=二〇mm)内において、Y=マイナス一二mm及びマイナス一六mmにおいては非単調的な変化をしている。これらの非単調的変化部分はX=一二mmと二〇mmの間であって、レンズの常用部分であることに注意すべきである。

(2)  右に述べたとおり、本件発明はクレーム前文の要件に従って一応画定された非球面形状にクレーム特徴部分の要件である垂直方向に対する曲率条件を適用し、該非球面形状を補正するものであり、右補正にともなって、レンズ表面の非球面形状は、有効範囲内において、水平方向における曲率半径の増減は非単調的に変化する場合もあることは、明細書の記載からも明らかである。

(四) (「漸進的」の意味について)

なお、被控訴人らは本件発明においては、主子午線上の曲率半径の変化が漸進的(単調)であるからには、直交断面曲線の曲率半径の変化も、やはり漸進的(単調)であると解さざるを得ないとし、その根拠として、先行発明及び本件発明の各特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載において、主子午線及び直交断面曲線上での曲率半径の変化の仕方について「離れる方向では」及び「遠ざかる方向は」という同一の表現が使用されていることを挙げている。

しかしながら、「離れる方向では」増減するとか、「遠ざかる方向は」増減するという表現は極めて一般的な用語であり、必ずしも「単調な」増減を意味するものではない。ところが、「漸進的」という用語は、それが特に工学分野において使用される場合には、厳格な意味を有するものであり、「漸進的」な増減とは単調な増減を意味するにほかならない。

本件明細書においては、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の全体を詳細に検討しても、「漸進的(単調)」を意味する用語は主子午線上の特定の二点間(即ち、遠用中心と称される第一の点と近用中心と称される第二の点の間)における曲率半径の変化態様の場合に限って使用されているのであり、その他の如何なる場合においてもそのような用語が使用されていることはない。してみれば、本件発明において、曲率半径の増減変化が要求される場合において、「漸進的(単調)」変化が必要とされるのは、主子午線上の特定の二点間においてのみであり、その他の場合においては、それが主子午線上であれ、はたまた直交断面曲線上であれ、曲率半径の変化態様は、「漸進的(単調)」なものと「非漸進的(非単調)」なものを包含するものであることは当然である。

(五)(1)  被控訴人らは、レンズ外側方部分は書物の文字などを読むのに殆ど用いない部分であり使用頻度からみてとるに足りない部分である旨主張する。

確かに、レンズ下部側方部分は、使用頻度が比較的低いかも知れないが、それだからといって、この部分が不要であるわけではなく、又レンズは何も書物を読むためにのみ使用されるのではなく、例えば、机上の大きな図面を見るために使用されることもあり、そのような場合には下部側方部分であったとしても、使用される場合があるのであり、この下部側方部分においても動的視覚改善補正が施されていないと、像ゆれが発生することとなる。全体的に考えれば使用頻度が比較的低いとしても、レンズとして必要部分であることに変わりはないのであり、この点に関する被控訴人らの主張には妥当性がない。

(2)  被控訴人らは、主子午線の近傍における曲率半径の変化は僅少な変化であるから増減変更に値しない旨主張する。

既に争点1に関して説明したとおり、本件発明は、先行発明と比較すると、第二ステップの動的視覚改善補正処理を行っている点が異なっている。そして、このような補正処理を行っている結果、先行発明のFig22の実施例と本件発明のFig7a及びFig11aの実施例とを比較すると、補正処理を行うことにより、レンズの第一表面部分においてはいわゆる「山形変化」が発生し、一方レンズの中間部で主子午線近傍においてはいわゆる「波形変化」が発生する場合がある。したがって、本件発明の原理に従った場合には、レンズの曲率半径の変化態様にこのような「山形変化」及び「波形変化」が発生する場合のあることが明らかである。

被控訴人製品における曲率半径の変化態様においてもまた「山形変化」及び「波形変化」が存在しており、そのことは被控訴人ら自身も認めている。被控訴人らは、本件発明の実施例においては、主子午線近くの曲率半径の変化(いわゆる、「波形変化」)の大きさが小さいので無視できるというが、「波形変化」は本件発明の第二ステップである動的視覚改善補正を行うことにより発生する場合があるものであり、その結果発生する「波形変化」は適用する補正の具体的態様によって変化し得るものであるから、本件発明の技術的範囲内においても設計の如何によって曲率半径の変化幅が比較的大になることもあり、要するに「波形」あるいは「山形」の変化が存することが重要なのであって、単に大きさが小さいことを非難することは不合理である。

被控訴人らは、「山形変化」及び「波形変化」の如き変化態様は、被控訴人ら独自の設計思想によるものであると主張するが、これらの変化態様は、実は、本件発明の原理を適用した結果得られるものであり、被控訴人らの設計上の基本思想は、本件発明のそれと何ら異ならないのであるから、被控訴人製品においてもこのような独特の変化態様が存在するのは当然である。したがって、被控訴人製品は、本件発明の技術的範囲に属するものであることは疑いの余地がない。

四  被控訴人らの再反論

1  争点1について

(一) およそ、累進焦点レンズであるからには、遠方視、中間視及び近方視に適する領域(遠用部、中間部、近用部)が連続していると考えることができる。当業者は、乙第三号証の特許(先行特許)の優先権主張日前から一般に右のような三分構想を前提にしていた。先行発明も本件発明も、右の前提に立って考えれば三領域を観念することができよう。

しかし、本件発明は、その構想として、レンズを前記三領域に分ける考えから出発することなく、特許請求の範囲に記載のとおり、主子午線に直交する多数の水平断面曲線(直交曲線)のうちの一つの線をほぼ円形の曲線とし、その上の直交曲線及び下の直交曲線を互いに曲率半径が正反対に増減変化した曲線(以下「非円形曲線」という。)とする構想を採った。この意味において本件発明は二分構想である。

二分構想は、一つの直交曲線を円形曲線とし、その上下の直交曲線の曲率半径の増減変化の傾向を互いに正反対にする構成であるから、この構成であるか否かについては争点2及び3を検討すれば足りるが、それにもかかわらず、被控訴人らが特に二分構想に言及するのは、本件発明の基本思想と被控訴人製品の設計の基本思想との異同を明らかにしたいためである。

(二) 被控訴人製品は、前述した二分構想を採っていない。

被控訴人製品では、ほぼ円形の曲線を作りレンズを上下に二分する構想がなく、像ゆれを防ぐために、中間部の上下縁の線をわん曲させて中間部が左右外側において広がるよう設計している。その結果としてほぼ円形の曲線ができなくなっている(乙第一、二号証は被控訴人製品の構想を示している。)。

(三) レンズの現物は、先行発明のものでも本件発明のものでも、一回の成形加工で作られ二つの工程手順ないしステップを経るのではない。

もっとも、控訴人は、まず先行発明をし、次に本件発明をした。その経緯は二つのステップに分けることができよう。さらに、実際の設計では、まずどの値を決め次にどの値を決めるかなどの順序態様があるかも知れない。この順序を思考上のステップというとすれば、これには種々の態様があり決して一つではない。

控訴人のいう第一ステップで先行発明に沿った設計値を決め、第二ステップで右設計値を補正するというのは、設計における一つの思考順序として首肯できるというだけのことである。

控訴人の実際の設計上の思考の順序は、控訴人のいう第一ステップから第二ステップという順序なのかも知れない。そうであれば、被控訴人らは、控訴人のとっている設計上の思考順序が右のとおりであることを争うものではない。

しかし、それだからといって、他人もそうであるはずだと決めつけてかかるのは失当である。

被控訴人らは、レンズの設計に当たって、前述した第一ステップ、第二ステップの順序で思考を進めてはいない。被控訴人らの設計の進め方は、前述したとおり、まず在来の三分構想を念頭におき(設計するのではない)、そのレンズの中間部の上下縁の形状を変えて両者の間をなめらかにつなぐように設計するのである。

したがって、被控訴人らは、ほぼ円形の曲線を作ることなど始めから全く考えておらず、その意味において、被控訴人らの設計プロセスには控訴人のいう第一ステップなどなく、また、第一ステップで作った曲面を補正する第二ステップもない。

2  争点2について

(一) 控訴人の主張のうち、レンズの中央付近及び上部における有効範囲(使用頻度の高い部分、常用部分)は主子午線から左右二〇mmとみてよく(但し、近用部では二〇mmより十分狭いが、このことについては後述する。)、レンズの曲率半径のΔRが〇・三mmないし〇・四mmであればほぼ円形の曲線といってよいこと、先行発明のFig22、本件発明のFig7a及び11aの各実施例の数値が設計値であること及び被控訴人製品が主子午線の左右を対称に設計していることについては争わないが、その余の主張はすべて争う。

(二) 本件発明の「ほぼ円形の曲線」の意義は、引用された原判決の事実欄第二、三、3の(一)に前記二6のとおりの加除訂正を加えたもののとおりであるが、その中でも、特に、

(1)  乙第三号証のFig22の実施例及びその説明中では、有効範囲内(主子午線から左右二〇mm、すなわち一五度)で曲率半径が七〇・三〇mmから七〇・二〇mmまで単調に〇・一mm変化する直交曲線を円形曲線の設計値の例として示し、同号証のFig22の例における主子午線上の曲線で、たとえばVy〇度から九度までの四mm間隔で示した曲率半径の変化について、上下相隣る二点の曲率半径の差が〇・八三mmもあれば曲率半径の増減があるものとしていること(乙第三号証一四欄一三行から二〇行までの説明参照)、

(2)  本件明細書中のFig7bの実施例における主子午線上の曲線で、たとえばVy〇度から八・四度までに二・八度の間隔で示した曲率半径の上下相隣る二点の差が〇・八六mmである場合にも曲率半径の増(減)があるものとしていること(甲第二号証)、

に加えて、

(3)  甲第六号証及び甲第七号証によれば、本判決別紙一の図が示すとおり、本件明細書のFig7aの実施例におけるVy〇度及びVyマイナス四度の直交曲線の曲率半径の有効範囲内における変化の傾向からみて、その中間には曲率半径が単調に〇・二~〇・三mmの範囲で増減するほぼ円形の直交曲線が当然存在しており(本判決別紙九(被控訴人ら準備書面(八)の別紙一)の2図参照)、また、同Fig11aの実施例におけるVy四度及びVyマイナス四度の直交曲線の曲率半径の変更をみれば、その中間のVy〇度の直交曲線は曲率半径のΔRが〇・三四mm程度であると認められること(本判決別紙九の3図参照)、

などの明細書中の説明等に徴すると、本件発明では曲率半径の変化が一・〇mmより少し小さい場合も非円形曲線といってよく、これに前記甲号各証及びこれに沿った控訴人の主張を合わせると、ほぼ円形の曲線とは、曲率半径の増減変化がたとえば〇・一mmとか〇・三四mmなどのように一mmより十分に小さいものであることを要すると解するのが相当である。

(三) 被控訴人製品の直交曲線の円形度

被控訴人製品の直交曲線中には、本件発明におけるほぼ円形の曲線と認められる曲線が存在しない。

(1)  まず、ほぼ円形の曲線かどうかは、レンズの主子午線の左右にわたる全体としての直交曲線を対象にして考えなければならない。右側はほぼ円形の曲線の条件をみたすが左側がそうでなければ、この直交曲線がほぼ円形の曲線といえないことは明らかである。

(2)  ところで、被控訴人製品の各直交曲線の曲率半径の変化のし方は、乙第七号証の表に示されているとおりであり、このうち控訴人がほぼ円形の曲線であると主張する各直交曲線、すなわち、加入度一・〇〇DのレンズでVyマイナス三mm、同二・〇〇DのレンズでVyマイナス二mm、同三・〇〇DのレンズでVyマイナス一mmの直交曲線とその上下に一mmの間隔で相隣る直交曲線の曲率半径の変化の態様は、本判決別紙九の4ないし6図のとおりである。

前記の各図から明らかなとおり、被控訴人製品のレンズの主子午線の左右有効範囲二〇mm内における主子午線から離れる方向への変化は、加入度一・〇〇DのレンズのVyマイナス三mmの直交曲線では一旦立下ってから立上り再び立下る減→増→減の変化形態(以下「波形」という。)をとり、加入度二・〇〇DのレンズのVyマイナス二mmの直交曲線も同様であり、加入度三・〇〇DのレンズのVyマイナス一mmの直交曲線では一旦立上ってから立下る増→減の変化形態(以下「山形」という。)をとっており、すべて非単調に大きく変化している。

具体的に数値を示すと、加入度一・〇〇Dのレンズの直交曲線のΔRはVyマイナス三mmの線で〇・九九mm、その一つ上のマイナス二mmの線で一・五七mm、一つ下のマイナス四mmの線で一・五二mmである。加入度二・〇〇Dのレンズでは同じくマイナス二mmの線で二・四四mm、一つ上のマイナス一mmの線で二・五五mm(但し、異常値を無視した。)、一つ下のマイナス三mmの線で二・七九mmである。加入度三・〇〇Dのレンズでは同じくマイナス一mmの線で一・四六mm、一つ上の〇mmの線で二・一七mm、一つ下のマイナス二mmの線で二・九〇mmである。

(3)  右(2) に指摘した控訴人がΔRの最小値を示すほぼ円形の曲線と主張する直交曲線の曲率半径の山形又は波形を呈する大きな増減変化は、規則性をもった変化であり、偶然の製造誤差や測定誤差により生じたものとは認められない。

(4)  以上のとおり、控訴人が最もΔRが小さいほぼ円形の曲線であるとして指摘している直交曲線の左右全体にわたるΔR値は、加入度一・〇〇Dのもので〇・九九mm、同二・〇〇Dのもので二・四四mm、同三・〇〇Dのもので一・四六mmである。

本判決別紙九の4~6図の各上中下の曲線の変化の傾向をみれば、それらの中間にΔR値が〇・数mmを示す線があるなどとは考えられない。

被控訴人製品のほぼ円形の曲線のΔRが〇・〇五mmであるとか〇・五二mmであるとする控訴人の主張は空理空論である。

まず、本判決別紙九の8図によって一般的な説明をする。設計でレンズの円形直交曲線をVyプラス〇・五mmのところにとり、そのΔR値を〇とする真円とし、この曲線で区分される上下の各非円形直交曲線の曲率半径の左右への増減変化の傾向を反対にし、その変化を対称的な形にしたとすると、設計値でのVy線上のΔR値の変化は、右8図のようになる。

この設計で現物を作って、セット誤差なくVy線上一mm間隔で精密に測定したΔR値をプロットしたとき、本判決別紙九の9図の各点がとれたとする。右9図の各点ないしその近傍を通る線を適当につなぐと、どのように線を引いても、二つの線の交わる点はVy〇mm~プラス一mmの中間にある。したがって、ΔRが最小値の線は、少くともVy〇mmとプラス一mmの中間にあると推定するのが合理的である。

ところで、この場合、設計者は前記本判決別紙九の8図の設計が頭にあるから、同9図の各点を同図に実線で示したようにつなげて設計どおりになったと考えるかも知れない。しかし、設計を知らない第三者は右9図に点線で示したような線を引くこともできる。したがって、右のプロットした各点からΔRが最小値を示す線はVy〇mmとマイナス一mmの中間にあるとはいえても、そのΔR値が〇mmか〇・数mmかは断定できない。

また、前記の設計で作った製品の主子午線左右のΔRの実測値が本判決別紙九の10図のようにずれたとする。線のずれが同11図のようであればレンズの左側のVyマイナス二mmの測定値は異常値とみて無視すべきであるが、同10図のように大体並行していれば、主子午線の右側と左側の線のずれはセット誤差に起因すると考えるのが合理的であろう。そして、右10図のような線からは、ほぼVyマイナス〇・五mmとマイナス一・五mmの間、少なくともVy〇mmとマイナス二mmの間にΔRの最小値を示す直交曲線があると推認するのが妥当である。しかし、この場合も、最も円に近い直交曲線のΔR値を〇・三mmとみるか〇・五mm以上とみるかなどは、プロットした点を見ての微妙な線の引き方の如何で異なってしまうのである。

(四)(1)  本判決別紙九の1ないし3図に示した先行発明及び本件発明におけるほぼ円形の直交曲線と同4ないし6図に示した被控訴人製品の各直交曲線とを比較すると、多くを述べるまでもなく、両者の様相が大きく異なることは一見して明らかである。

(2)  レンズの中間部の上下縁を水平に仕切って、曲率半径が左右に漸減する遠用部の直交曲線と漸増する近用部の直交曲線を中間部でなだらかにつないだ場合には、ある程度の製造誤差があっても、どこかに円形の直交曲線ができるはずであって、中間部の直交曲線の曲率半径が被控訴人製品のように大きな山形又は波形を呈して増減変動することはない。被控訴人製品にみられる直交曲線の曲率半径の大きな増減変化は、前記(二)に述べたとおり、二分構想を採らずに中間部の上下縁の形状を変える構想を採用したことに起因するものである。

被控訴人製品の直交曲線の曲率半径の波形ないし山形の変化が主子午線の左右でほぼ対称的であること及び乙第七号証と甲第四号証の測定結果が同一傾向を示していることからみて、右変化が設計値に対する製造誤差などによるものではなく、変化は意図的構想に基づくものであることは明らかである。そして、被控訴人製品のΔRが最小値を示す直交曲線のΔR値は本件発明のほぼ円形の曲線のΔR値と大きくかけ離れているのであるから、このような被控訴人製品における直交曲線を本件発明にいうほぼ円形の曲線と解することはできない。

(五) 控訴人は、被控訴人製品は、その直交曲線に二・〇〇mmの製造公差があるから、これを考慮してほぼ円形の曲線の存否を決定すべきである旨主張する。

しかし、

(1)  被控訴人製品では、直交曲線の曲率半径についての設計値(基準値)及び製造公差を定めていない。基準が存しないところに許容製造誤差ないし公差が存するわけはない。

被控訴人製品は、レンズの三領域を念頭において中間部の上下縁を非単調に変化させ所望のレンズ仕様に合致するよう定めた座標値によって金属型を作り、金属型にならってガラス型を作り、ガラス型で成形したプラスチックレンズの所定の数個所におけるレンズの度(レンズ表裏面の全体としての屈折力の和)を光学的測定装置で測定し、右レンズとしての度数が度数についての製造公差内におさまっていれば、そのガラス型によって工業生産に移る。光学性能値が設計公差内にあればよいのであるから、レンズ表裏面ごとの曲率半径の寸法公差など問題にしないのである。

(2)  設計値に対する製造誤差は、個々の各現物ごとにみられる製造に由来するバラツキである。この誤差が商品としての多数の製品においてどの範囲に収まっているかをみて、定められた許容誤差の存在を推測するためには、特定一個の製品を多数回測定し、可能な限り測定誤差を消して真値に近い値を求め、多数の製品について右同様の測定をくり返し、これらによって得た値を統計的に処理する必要がある。加入度を異にする各被控訴人製品をそれぞれ一個とり出し一回測定して得た値から全体としての右各製品(種類物)における製造誤差の範囲を推測しようというのは乱暴である。

控訴人は、本件において、三種の被控訴人製品の各一個について各一回の測定をし、その結果を示す甲第四号証を提出しただけであって、被控訴人製品の製造誤差の範囲を証するのに必要な証拠を示していない。

もっとも、本件においては、甲第四号証のほかに乙第七号証の実験結果報告もあるので、右両者の実験結果を比較してみると、被控訴人製品における中間部の直交曲線の曲率半径の変化は、とうてい製造誤差とは認められない規則性を有している。

(3)  乙第七号証の測定値にはセット誤差(測定誤差の一種で、レンズを正しいセット位置から多少軸線が縦・横にずれ又は傾いたままセットすることにより生ずる誤差)が介入している。

現物の実測値から真値を求めるには、測定誤差を考慮に入れなければならないことはいうまでもない。控訴人は、乙第七号証の測定に用いた測定装置は極めて高精度であるから測定誤差は無視してよいというが、測定誤差は装置の精度のみによって決まるのではない。とくに控訴人が左右の差から公差を推認しようとするからには(この考えが誤っていることは次に述べる。)、乙第七号証の測定値に認められるセット誤差を無視して公差を論ずることは許されない。

(4)  曲率半径の製造誤差は、設計値(基準値)が定められている場合において基準値に対し現物の実測値(仮に真値とみなしておく。)のもつ偏差である。ところが、左右差は右又は左側の実測値の左又は右側の実測値に対する差であるから、左右差から設計値を基準とする製造誤差を求めることはできない。

もっとも、セット誤差がないと仮定すると、左右対称の設計をしたのに拘わらず実測値が左右非対称であって両者の間に微小差が認められるときは、製造上のバラツキの存在を考えることもできよう。しかし、左右のバラツキがあるからレンズ表面の曲率半径について製造公差を定めているとか、その程度如何が設計値からの許容誤差の範囲(製造公差)を示すなどというのは失当である。

仮に、曲率半径値について公差を定めているとした場合でも、左右差から設計値と公差を推認するのは無理である。なぜならば、仮想の設計値の線は実測値の線の上下又は実測値の線と交叉して何本でも考えられるからである。

(5)  控訴人は、乙第七号証によると、レンズ全体にわたってほぼプラス・マイナス一mmを超える左右差が認められるから二mmが許容最大製造誤差であり、これを考慮して設計値を求めるべきであると主張するが、これらの左右差は控訴人がほぼ円形の曲線の存在を主張する個所から離れた個所における左右差であるから、右の差をもってほぼ円形の曲線の存在を主張する個所における公差であるとみなすことはできない。

控訴人は、製造誤差をみるときはレンズの全体から判断してよいのだというが、そのような考えはおかしい。

いわんや、互いに異なる種類のレンズのうちの一種にみられる一・〇mm以上のマイナス差と他種のレンズにみられる一・〇mm以上のプラス差とを総合して、レンズ一般について中間部の一定個所に計二・〇mmの公差の存在を推定するなどという考えは全く不合理である。

3  争点3について

(一) 主子午線曲線上のレンズ中間部における曲率半径の変化は単調な変化であることはいうまでもない。ところで、乙第三号証の先行特許の明細書及び本件明細書には、直交曲線の曲率半径の変化が右主子午線上の曲率半径の変化を示す表現と実質的に同一の表現で説明されている。したがって、本件発明における直交曲線の曲率半径の変化は単調な増又は減の変化であると解するのが至当である。

(二) 先行発明の明細書及び本件明細書に示されている実施例をみても、レンズの有効範囲内における直交曲線の曲率半径の変化の傾向は単調な増又は減であるといってよい。

この点について、控訴人は、乙第三号証のFig22の実施例における前記曲率半径の変化が単調であることを認めているが、甲第六号証ないし甲第一〇号証の計算値に依拠して、本件明細書のFig7a及びFig11aの実施例における前記変化は非単調であると主張している。

しかし、この主張は、以下に述べる理由によって失当である。

(1)  まず、甲第六号証ないし甲第一〇号証のうち、甲第六、七号証と甲第八ないし一〇号証とでは計算方法が異なっているため、同一の直交曲線について互いに異なる数値が示されている。本件明細書に全く開示されておらず、方法如何によって結果が異なる複数種の計算方法を便宜採用することには疑問がある。しかし、以下では一応右甲号各証の数値に即して述べることにする。

(2)  レンズの外側部分の曲率半径の変化についていうと次のとおりである。

人間の眼の機能からみて、一般にレンズの常用部分は下方では狭くなる。二焦点レンズでは近用部が小さく(乙第一一号証の図18)、累進焦点レンズではレンズの曲率半径を漸次変化させているため不可避的に生ずる収差を近用部における狭い中央の常用部分よりも外側の左右に押しこんで設計している。したがって、レンズ下部の外側部分の曲率半径の微小な増減は問題にならない。

本件明細書の実施例のレンズはブランク直径が五五mmであり、したがって、このレンズの常用部分は、レンズの遠用部では主子午線の左右二〇mmとみてよいが、前述した理由により、近用部では二〇mmより十分狭い。控訴人が曲率半径の増減が反転しているという直交曲線のうちVx一六mmないしVx二〇mmの部分は、設計上収差を集中させている部分であり、近方視の場合に、頭を動かさず目だけ動かして書物の文字などを読むのには殆ど用いない部分である。

控訴人は、主子午線から遠い部分もレンズにとって必要部分であるというが、なるほど右部分はレンズにとって不可欠の部分ではあっても、近方視の場合に、その部分を通して細かいものを視る部分ではない。また、日常の経験から明らかなとおり、像のゆれは中間部や遠用部では重要な問題となるが、近用部では近方視するときには重要でない。控訴人は、近用部の注視には殆んど使わない外側部分に曲率半径値の反転する個所が存在すると指摘しているだけである。このような控訴人の主張は理由がない。

具体的に指摘すると、本件明細書の7a図の実施例では、甲第六号証及び甲第八号証のいずれによっても、近用部の外側部分に直交曲線の曲率半径が増から減に反転する個所はない。甲第七号証及び甲第九号証によると、右明細書の11a図の実施例では、Vyマイナス一二mm及び一六mmの各直交曲線がVx一六mmまで増加してから同二〇mmに至る間で減少している。また、控訴人が実施例とは別個に本訴に対処するため考えた加入度三・五〇Dのレンズの計算値(甲第一〇号証)をみても、Vyマイナス一六mmの非円形直交曲線が漸増から減に転ずるのはVx一六mmから外側の部分である。このようなレンズの最下部の外側部にみられる変化をもって非円形曲線の曲率半径の変化が非単調であるとするのは、前述した理由により失当である。

(3)  次に、主子午線の近傍における直交曲線の曲率半径の変化をみると、次のとおりである。

前記7a図の実施例では、甲第六号証によるとVy〇mmの非円形直交曲線の曲率半径が主子午線から左右に離れるにつれて漸減しており、減から増に反転しているところはない。もっとも、甲第八号証によるとVy〇度の直交曲線は全体として主子午線から離れるにつれて曲率半径が漸減し、Vx一・四度から五・六度(約二mmから八mm)にかけて七六・五四mmから七六・六二mmまで〇・〇八mmの反転増がみられる。

また、同11aの実施例では、甲第七号証によるとVy〇mmの直交曲線がVx〇mmでの七四・八四mmからVxX 四mmでの七四・八三mmまで一旦減少してから反転して微増しているが、その減少は〇・〇一mmである。甲第九号証によると右の直交曲線の曲率半径は一旦減少した後Vx一・四度から五・六度(約二mmから八mm)にかけて七四・七二mmから七五・一〇mmまで増加しているが、その増加は〇・三八mmである。

控訴人が新たに考えた加入度三・五〇DのレンズのVy〇度の直交曲線の計算値は、甲第一〇号証によればV%〇度から一・四度にかけて七二・三三mmから七二・二五mmに減少してから増加に転じているが、右の減少は〇・〇八mmであり、V%八・四度から一四度(一二mmから二〇mm)にかけての反転減の程度は七二・七六mmから七二・六三mmまで〇・一三mmである。

控訴人が増減反転であると指摘している部分の曲率半径の変化は〇・〇八mm、〇・〇一mm、〇・三八mm、〇・〇八mm、〇・一三mmという程度の上がり下がりである。

(4)  以上のとおりであって、甲第六号証ないし甲第一〇号証のいずれによっても、本件発明の実施例7a及びFig11aのレンズの直交曲線の曲率半径の変化のうち、控訴人が非単調な変化を示していると指摘する部分は、収差を集中させた部分であり、使用頻度からみてとるに足りないレンズ下方の外側部の変化である。

また、主子午線近傍の変化は極めて小さな変化であり、この程度の僅小の差は、もしそれが中間部の中央付近の直交曲線に存するときは、曲率半径に実質的な増減のないほぼ円形の曲線としてよい程度のものであって、曲率半径の増減変更というに価しない。

したがって、本件発明の非円形直交曲線の曲率半径の左右への変化は、少なくともほぼ円形の曲線の上下に位置する部分についていえば、単調な増加又は減少である。

(三) ところが、被控訴人製品の直交曲線中の控訴人がほぼ円形の曲線として指摘する部分の上下には、中間部において明らかに曲率半径値が非単調に変化している直交曲線が多く存する。

具体的に指摘すると、たとえば、本判決別紙九の4ないし6図に示すとおり、控訴人がセット誤差を除去して考えてほぼ円形の曲線であると主張する加入度一・〇〇DのレンズのVyマイナス三mmの直交曲線の上のVyマイナス二mmの直交曲線は左右の有効範囲内で波形の非単調な変化をしており、加入度二・〇〇DのレンズのVyマイナス二mmの上のVyマイナス一mm及び下のVyマイナス三mmの直交曲線は左右の有効範囲内で波形の非単調な変化をしており、加入度三・〇〇DのレンズのVyマイナス一mmの直交曲線の下のVyマイナス二mmの直交曲線は左右の有効範囲内で山形の非単調な変化をしている。そのΔR値も一mmより十分に大きい。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因1(本件特許権)、同2(本件発明の特許請求の範囲)、同3(本件発明の構成要件の分説及び本件発明の効果)、(一)同4(被控訴人製品の構成及びその製造、販売)のうち、被控訴人らが取り扱っている眼鏡用レンズの構成中の、原判決別紙物件目録(3)′の(III)′の(ii)′の項以外及び同4(二)(被控訴人製品の作用効果)は、当事者間に争いがない。

また、被控訴人製品が本件発明の構成要件(3) 、(2) 、(4) 、(8) 、(11)、(13)、(14)及び(15)を充足していることも当事者間に争いがない。

原本の存在及び成立に争いのない乙第四号証の一及び成立について当事者間に争いのない乙第七号証によれば、被控訴人らの取り扱っている眼鏡用レンズの構成のうち、中間部領域における緯線(直交曲線。以下、「直交曲線」という。)の曲率半径の変化のしかたは、概ね原判決別紙物件目録(3)′の(III )′の(ii)′の項のとおり(但し、遠用部に近い領域における左右に離れるにつれての漸増は、近用部に近い領域における左右に離れるにつれての漸増は、それぞれ単調な漸減、漸増ではない。)であることが認められ、これに反する証拠はない。

被控訴人らは、直交曲線の曲率半径の変化について、請求の原因に対する認否2(二)のとおり、より詳細に主張し、前記の証拠によればその主張も認められるが、控訴人の主張も誤りとはいえないので、控訴人の主張した特定方法によって以下検討を進めることとする。

二  被控訴人製品が構成要件(5) にいう、「ほぼ円形の曲線」を有するか否かについて検討する。

1  控訴人は、「ほぼ円形の曲線」は、水平方向の曲率半径が増加又は減少する反対の傾向を有するレンズの第一表面部分と第二表面部分を区別する作用を営むものであり、その数値は設計上の問題であり、二義的意義を有するにすぎない旨主張する。

しかし、本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、本件発明は、「該屈折面は前記臍点曲線と直交し、かつ該臍点曲線に直角な平面内に延在する曲線を含むものであり、前記直交曲線は該臍点曲線と直交する点での臍点曲線曲率半径と等しい値の曲率半径を有するほぼ円形の曲線であ」ることを構成要件として挙げていることは明らかであり、この構成要件を、単に、水平方向の曲率半径が増加又は減少する反対の傾向を有するレンズの第一表面部分と第二表面部分を区別する作用を営む直交曲線と置き替えることはできない。

また、成立について当事者間に争いのない甲第二号証(本件特許の出願公告公報)によれば、本件明細書中には、本件発明における「ほぼ円形の曲線」の定義、その円形度についての直接の説明がないことが認められ、他方、前記特許請求の範囲の記載によれば、「円形の曲線」とは、直交曲線の全体が、臍点曲線と直交する点での臍点曲線曲率半径と等しい値の曲率半径を有するものを指すものと解される以上、「ほぼ円形の曲線」の意義を、直交曲線が臍点曲線と直交する点での臍点曲線曲率半径と等しい値の曲率半径とどの程度の差を有するかで定めるべきであり、その数値を設計上の事項であるとか、二義的意義を有するにすぎないということはできない。

2  控訴人は、本件発明において、曲率半径の最大値と最小値の差がほぼ〇・五mm以内にあるものが「ほぼ円形の曲線」であると主張し、被控訴人らは、曲率半径の最大値と最小値の差が〇・三ないし〇・四mmまでであれば、その直交曲線を「ほぼ円形の曲線」といってよいと認めるから、レンズの直交曲線の曲率半径の最大値と最小値の差が〇・四mmまでのものは、その直交曲線を「ほぼ円形の曲線」といってよいという限度では当事者間に争いがない。

控訴人の、曲率半径の最大値と最小値の差が〇・五mmまでのものが「ほぼ円形の曲線」であるとの主張を認めるに足りる本件明細書上の記載その他の的確な証拠はない。

3  そこで、被控訴人製品が、本件発明の構成要件(5) にいう「ほぼ円形の曲線」を具備するか否かについて検討する。

控訴人は、被控訴人製品が「ほぼ円形の曲線」を具備するか否かについては、製造誤差を考慮して判断すべきであり、被控訴人製品においては、二mm、即ち±一mmが許容された最大製造誤差、即ち、公差であるから、被控訴人製品の曲率半径の最大値と最小値の差が、本件発明における「ほぼ円形の曲線」に該当するための曲率半径の最大値と最小値の差〇・五mmに被控訴人製品の公差二・〇mm(±一・〇mm)を加えた二・五mmまでのものには「ほぼ円形の曲線」がある旨主張する。

(一)  ある製品が特許された発明を侵害しているか否かが問題とされる場合、当該発明の構成要件が、明示されたあるいは解釈上認められる寸法等の数値を含むとき、その数値は設計値であり、かつ、その数値が当該発明の構成要件である。一定の製造上の誤差が予測されるとしても、そのことの故に、構成要件であるその数値がその誤差の分だけ広くなったり狭くなったりするものではない。

一方、右特許発明を侵害するものか否かが問題とされる対象製品については、特許発明と対応する設計値と公差から予想される製品化された対象製品の数値又は現実に製品化された対象製品の数値(それは製造誤差を含んでいる可能性がある)が、特許発明の要件の数値と対比されるのであって、特許発明の要件の数値に対象製品の公差あるいは製造上の誤差の数値を加減したものと対比されるのではない。

もし、特許発明の要件の数値に対象製品の公差あるいは製造上の誤差の数値が加減されるものとすれば、対象製品の公差あるいは製造上の誤差の大小によって、特許発明の要件の数値の範囲が変化することになり不合理である。

(二)  これを本件についてみると、仮に被控訴人製品の製造誤差が±一mmであるとの控訴人の主張が正しいと仮定しても、そのことによって本件発明の「ほぼ円形の曲線」に含まれる直交曲線の設計値に基づく曲率半径の最大値と最小値の差が変化するものではない。

他方、前記乙第七号証、成立について当事者間に争いのない甲第四号証、乙第八号証によって認定できる被控訴人製品における直交曲線の曲率半径の最大値と最小値の差(ΔR)は現実の製品の測定値から算出されたものであるところ、右ΔRは設計値と対比すれば公差内の製造誤差を含むものである可能性がある。しかし、現実の被控訴人製品の曲率半径の最大値、最小値及びその差(ΔR)と公差が判明しても、それだけで被控訴人製品の曲率半径の最大値、最小値及びその差(ΔR)の設計値を推認することはできない。

即ち、現実の製品の曲率半径の最大値、最小値及びその差(ΔR)が公差内の製造誤差を含む可能性があるものであっても、本来本件発明の要件である曲率半径の最大値と最小値の差(ΔR)の最大値として前記のように争いのない限度の数値である〇・四〇mm内にあった設計値を、要件から外す方向に製造誤差が生じたのか、本来本件発明の要件の最大値よりはるかに大きい数値であった設計値を、要件の最大値により近付ける方向に製造誤差が生じたのか、はたまた、設計値のとおりに製造されたのか、更に、誤差が生じたとしてその誤差の程度、を認めるに足りる証拠はない。したがって、現実の被控訴人製品の曲率半径の最大値、最小値及びその差(ΔR)が公差内の製造誤差を含むものであるとしても、その数値と本件発明の「ほぼ円形の曲線」に含まれる直交曲線の曲率半径の最大値と最小値の差(ΔR)の最大値との対比に当たって、これを加減することはできず、現実の被控訴人製品のΔRと本件発明のΔRの最大値とを直接対比する他はない。

(三)  また、控訴人は、被控訴人製品の製造誤差が二mm(±一mm)である旨主張する。

控訴人は、被控訴人製品のレンズが設計上左右対称であることを前提に、被控訴人製品の三個のレンズの各々について右半分と左半分の対応する位置の直交曲線の曲率半径の差を全体的に観察して±二mmを超える異常データを除去すれば、被控訴人製品においては二mm、即ち、±一mmが最大製造誤差、即ち、公差であると主張する。

被控訴人製品のレンズが設計上左右対称であることは当事者間に争いがない。しかし、被控訴人製品のレンズの右半分と左半分の対応する位置の直交曲線の曲率半径の差を全体的に観察して異常データを除去した値から直ちに被控訴人製品の公差を求めることは相当でない。

前記甲第四号証、乙第四号証及び乙第七号証によれば、控訴人が右半分と左半分の対応する位置の曲率半径の差の算出の基礎とした乙第七号証記載のレンズ上の各点の直交曲線の曲率半径の値は直接測定されたものではなく、長野県精密工業試験場において国内で利用できる最高の精度を有する三次元測定機により、一万分の一mmまで測定したX、Y、Z座標の値に基づき、所定の計算をして求めたものであることが認められる。このような精密な測定による数値に基づくものである以上、極めてわずかな条件の変化、測定操作の差の影響を受け、レンズの測定機へのセット誤差その他の測定誤差が生ずることは不可避であるものと認められる。

現に、前記乙第四号証、乙第七号証及び乙第八号証によれば、乙第七号証に直交曲線の曲率半径の値が記載されている被控訴人製品のレンズの内、加入度数+二・〇〇Dのレンズ(B)と同一のレンズを、再度、同じ工業試験場の同一の三次元測定機により同様に測定したX、Y、Z座標の値に基づき、乙第七号証と同じ所定の計算をして求めた乙第八号証に記載の直交曲線の曲率半径の値と、乙第七号証に記載された同じレンズの対応する直交曲線の曲率半径の値とを比較すると、一mmには達しないもののかなりの相違があることが認められ、このことは、乙第七号証及び乙第八号証記載の測定値に測定誤差があることを示すものである。もっとも、乙第七号証及び乙第八号証記載の測定値の比較のみからは、それらの測定値の測定誤差を認定することはできない。

また、乙第七号証の数値に基づき、各々のレンズの右半分と左半分との対応部分の曲率半径を対比すれば、本判決別紙九の4図ないし6図(被控訴人ら第八準備書面別紙一の4図ないし6図)に明らかなように、右半分の曲率半径と左半分の曲率半径の差にはレンズごとに一定の規則性がうかがわれ、乙第七号証の数値にセット誤差がある可能性を否定できない。他方、乙第七号証の数値にどのような、即ち、どちらの方向へどれだけずれたセット誤差があるのかを特定するに足りる的確な証拠もない以上、セット誤差を計算上補正することもできない。

そして、右のような測定誤差を含む数値に基づいて製造誤差を論ずる以上、一つのレンズについても相当回数の測定を繰り返し、統計的処理を行う等の測定誤差を除去する操作を加えて使用するべきであるのに、控訴人の主張がそのような操作を加えた後の数値に基づくものであることを認めるに足りる証拠はない。

また、現実の被控訴人製品から、被控訴人製品の設計値や許容された製造誤差を推計するためには、相当数の被控訴人製品を、一枚一枚測定誤差を除去する操作をして計測し、統計的に計算することを要するのであって、被控訴人製品の一段階の加入度につき一枚ずつ、三段階分合計三枚のレンズの右半分と左半分との対応部分の曲率半径の差を全体的に観察して異常データを除去した値から求めた数値を被控訴人製品の許容された製造誤差であるとする控訴人の主張は、乙第八号証記載の測定値を考慮しても、正当なものであるとは認められない。

(四)  よって、被控訴人製品の測定値である乙第七号証記載の数値と、本件発明の「ほぼ円形の曲線」の基準値を対比するに当たっては、本件発明における「ほぼ円形の曲線」の基準値に被控訴人製品の製造誤差二mm(±一mm)を加えて対比すべきであるとの控訴人の主張は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。

4  控訴人は、本件発明と被控訴人製品との比較において、製造誤差を考慮に入れるべきでないとしても、被控訴人製品はすべて、本件発明における「ほぼ円形の曲線」を有する旨主張するので検討する。

前記甲第四号証、乙第七号証及び乙第八号証によれば、被控訴人製品の内、加入度数が+一・〇〇Dのレンズ(A)、+二・〇〇Dのレンズ(B)、+三・〇〇Dのレンズ(C)について、子午線から左右二〇mmの範囲での、直交曲線の曲率半径の最大値と最小値の差(ΔR)の最小値は次のとおりであることが認められる。なお、レンズの中央付近及び上部における有効範囲(使用頻度の高い部分、常用部分)が主子午線から左右二〇mmであることは当事者間に争いがなく、また、レンズの近用部(下部)における有効範囲がそれより狭いかどうかはさておき、広くても子午線の左右二〇mmを超えるものではないことも当事者間に争いがない。

(一)  加入度+一・〇〇Dのレンズ(A)について

(1)  乙第七号証記載のもの

右半分のΔRの最小値 〇・九二mm(yはマイナス二mm)

左半分のΔRの最小値 〇・九九mm(yはマイナス三mmとマイナス四mm)

左右通算のΔRの最小値 〇・九九mm(yはマイナス三mm)

(2)  甲第四号証記載のもの

子午線の左右の対称点の座標の測定値を平均した数値に基づいて計算した直交曲線の曲率半径のΔRの最小値 二・九mm(yはマイナス五mm)

(二)  加入度+二・〇〇Dのレンズ(B)について

(1)  乙第七号証記載のもの

右半分のΔRの最小値 二・四四mm(yはマイナス二mm)

左半分のΔRの最小値 一・九二mm(yはマイナス一mm)

左右通算のΔRの最小値 二・四四mm(yはマイナス二mm)

(2)  乙第八号証記載のもの

右半分のΔRの最小値 二・二六mm(yはマイナス二mm)

左半分のΔRの最小値 二・〇九mm(yはマイナス二mm)

左右通算のΔRの最小値 二・二八mm(yはマイナス一mm)

(3)  甲第四号証記載のもの

子午線の左右の対称点の座標の測定値を平均した数値に基づい

て計算した直交曲線の曲率半径のΔRの最小値 二・六mm(yはマイナス三mm)

(三)  加入度+三・〇〇Dのレンズ(C)について

(1)  乙第七号証記載のもの

右半分のΔRの最小値 一・四六mm(yはマイナス一mm)

左半分のΔRの最小値 一・四六mm(yはマイナス一mm)

左右通算のΔRの最小値 一・四六mm(yはマイナス一mm)

(2)  甲第四号証記載のもの

子午線の左右の対称点の座標の測定値を平均した数値に基づい

て計算した直交曲線の曲率半径のΔRの最小値 二・九mm(yはマイナス五mm)

右(一)ないし(三)認定の事実によれば、右各証拠によって認められる被控訴人製品の各レンズ毎の、子午線から左右二〇mmの範囲での、直交曲線の曲率半径の最大値と最小値の差(ΔR)の最小値は、右半分又は左半分を独立にみても、加入度+一・〇〇Dのレンズ(A)については、〇・九二mm、加入度+二・〇〇Dのレンズ(B)については、一・九二mm、加入度+三・〇〇Dのレンズ(C)については、一・四六mmであって、いずれも、曲率半径の最大値と最小値との差(ΔR)が〇・四mmまでのものという、直交曲線を「ほぼ円形の曲線」といってよい基準(その限度では当事者間に争いのないことは前記2のとおりである。)よりはるかに大きいから、各被控訴人製品は、本件発明の「ほぼ円形の曲線」を有するとはいえない

なお、仮に控訴人主張のように、直交曲線を「ほぼ円形の曲線」といってよい曲率半径の最大値と最小値との差(ΔR)の基準を〇・五mmまでのものとしても、各被控訴人製品のΔRの最小値は、その基準からみてもはるかに大きいから、各被控訴人製品は、本件発明の「ほぼ円形の曲線」を有するといえないことは同様である。

5  控訴人は、乙第七号証のデータはいずれも、メッシュ状の測定点における数値であり、メッシュ間の特定の位置についての数値ではないので、メッシュ間のデータを必要とするときは、適当な方法をもって補正しなければならない旨、具体的には、乙第七号証に記載された主子午線上の一mm毎の各直交曲線の曲率半径の最大値と最小値の差(ΔR)を、主子午線(Y軸)上の一mm毎の位置を横軸にとったグラフ上にプロットすると、横軸にそって一定の方向に向かってΔRが漸減する部分と漸増する部分とが示されるので、漸減するプロットを結ぶ線を延長した線と、漸増するプロットを結ぶ線を延長した線との交点の横軸上の値が、ΔRが最小となる直交曲線の主子午線との交点の位置を示し、縦軸上の値がΔRの最小値を示すから、乙第七号証に記載された三種の被控訴人製品について、右の方法でΔRの最小値を求めると、

(一)  加入度+一・〇〇Dのレンズ(A)について

右半分のΔRの最小値 〇・五mm(yはマイナス二・五mm)

左半分のΔRの最小値 〇・五mm(yはマイナス三・五mm)

(二)  加入度+二・〇〇Dのレンズ(B)について

右半分のΔRの最小値 一・七mm(yはマイナス一・三mm)

左半分のΔRの最小値 一・三mm(yはマイナス一・四mm)

(三)  加入度+三・〇〇Dのレンズ(C)について

右半分のΔRの最小値 〇・七mm(yはマイナス〇・七mm)

左半分のΔRの最小値 一・〇mm(yはマイナス一・一mm)

である旨主張する。

更に、右のようにプロットして得た一つのレンズの右半分についてのグラフと左半分についてのグラフとを重ねると、グラフが一致しないでずれ、右半分と左半分でΔRの最小値の得られる主子午線上の位置(yの値)が異なるのは、セット誤差があるためであり、このセット誤差を除去するためには、右半分から得られたyの値と、左半分から得られたyの値との中間に実際の「ほぼ円形の曲線」が存在するので、レンズの右半分についての右側の左下がりの傾斜曲線を前記中間の値まで延長し、レンズの左半分についての左側の右下がりの傾斜曲線を前記中間の値まで延長した場合の縦軸の数値を平均したものからΔRの最小値を得ればよいから、乙第七号証に記載された被控訴人製品の内の二種について、右の方法でΔRの最小値を求めると、

(一)  加入度+一・〇〇Dのレンズ(A)について

ΔRの最小値 〇・〇五mm(yはマイナス三mm)

(二)  加入度+三・〇〇Dのレンズ(C)について

ΔRの最小値 〇・五二mm(yはマイナス〇・九mm)

である旨主張する。

しかし、前記グラフの横軸にそって一定の方向に向かってΔRが漸減する部分の最後のプロットと漸増する部分の最初のプロットとの間の、両端のプロットを含むどこかにΔRの最小値があるとはいうことができるが、それが控訴人の主張する位置、値をとるとはいまだ認められない。

即ち、グラフの横軸にそって一定の方向に向かってΔRが漸減する部分の最後のプロットを過ぎても同じ傾斜の漸減傾向が続き、他方漸増する部分の最初のプロットの手前にも同じ傾斜の漸増傾向が続いていて、両者のグラフの交点で漸減傾向が突然漸増傾向に転換するということも可能性としては有り得ることである。しかし、それと同様に、漸減する部分の最後のプロットと漸増する部分の最初のプロットとの間で、漸減傾向の傾斜が漸減し、次いで漸増傾向に転換しその傾斜が漸増しつつ右漸増部分に接続する可能性もあるのであり、しかもその場合グラフの描く線も、深いU字形から両端のプロットを結ぶ直線に極めて近いものまで多様な可能性がある。その中で、控訴人主張のようなグラフとなることを裏付ける事実はいまだ認められない。

しかも、本判決別紙九の5図(被控訴人ら第八準備書面別紙一の5図)に示された被控訴人製品の加入度数+二・〇〇Dのレンズ(B)のVyマイナス一の右左、Vyマイナス二の右左、Vyマイナス三の右左、の各直交曲線の曲率半径の変動を表すグラフにおいて、各グラフの波動の形状は極めて類似しているところ、それらのグラフによれば、Vyマイナス二とVyマイナス三との中間ではその波動の形状が維持されるけれども、Vyマイナス一とVyマイナス二との中間では波動が低くなり最大と最小の差が小さくなって、控訴人主張のように「ほぼ円形の曲線」となっているとみるよりも、Vyマイナス一とVyマイナス二との中間でもVyマイナス二とVyマイナス三との中間と同様に各グラフの波動の形状が維持されているとみる方が自然である。同様のことは別紙九の4図、6図(被控訴人ら第八準備書面別紙一の4図、6図)に示された被控訴人製品の加入度数+一・〇〇Dのレンズ(A)の右半分及び左半分並びに加入度数+三・〇〇Dのレンズ(C)の右半分及び左半分のグラフについてもいえることである。

更に、乙第七号証記載の曲率半径にはセット誤差に起因する誤差がある可能性を否定できないけれども、その方向や程度を特定するに足りる的確な証拠もないことは前記3(三)に判断したとおりであり、また、グラフの横軸にそって一定の方向に向かってΔRが漸減する部分の最後のプロットを過ぎても同じ傾斜の漸減傾向が続き、他方漸増する部分の最初のプロットの手前にも同じ傾斜の漸増傾向が続いていて、両者のグラフの交点で漸減傾向が突然漸増傾向に転換するということも可能性としては有り得るけれども、そうではない可能性もあり、その中で、控訴人主張のようなグラフとなることを裏付ける事実はいまだ認められないことは前記のとおりであって、控訴人主張の方法でセット誤差を補正することができ、補正後のΔRの最小値が控訴人主張の数値になるものとはいまだ認められない。

控訴人の前記各主張は採用できない。

6  したがって、被控訴人製品は本件発明の構成要件(5) にいう、「ほぼ円形の曲線」を有するものとは認められず、被控訴人製品は本件発明の構成要件(5) を充足しない。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、本件請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を、上告のための附加期間を定めることについて同法第一五八条第二項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 西田美昭 杉本正樹)

別紙一ないし九<省略>

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